好きな画家を見つける人|あなた、モランディが好きでしょ?


NORi
こんにちは、NORi です。

絵画がお好きな方や
美術館めぐりを良くされる方は

きっと
好きな画家さん
がいらっしゃるのではないでしょうか?

NORi
好きな画家さんを
自分で探し当てることもできますが、

絵を描いていると
なんと

絵を観て下さった方から
わたしの好きな画家さんを
教えていただくことがあるのです。
 

「NORiさんはきっと
○○という画家の絵を好きだと思う」

というように。
 

今回はそんなエピソードとともに

教えていただいた
私の好きな画家さん

ジョルジョ・モランディ
のお話を書いてみようと思います。

 

《好きな画家を見つける人》絵を描くと自分の好みが分かる?

『 Family ~家族を想うとき~』<透明水彩画 (作品の一部) > by Nori

上の作品は

私が制作しております
茶器シリーズの1つです。
 

この絵は
ある喫茶店で個展を開催した際に
手掛けたものなのですが、

この個展の準備のために
私は「今回の個展のテーマ」
を考えました。
 

それが
『 teatime のシーンに合う
茶器シリーズ 』でした。

事前に喫茶店の壁面の長さや
テーブルの配置を確認してから

その喫茶店の雰囲気を引き立てるよう
イメージを膨らませて
作品の制作に入りました。
 

器の作品は
色味や構図を統一させた
5 連の作品で、

その 1 つが上の作品でした。

ばっちゃん焼きの柄が可愛らしい
茶器のセットです。
 

茶器は
以前にも取り組んだテーマでした。

私が茶器の絵を好んで描いているのを
何回かの個展で見てくださっていた
ある画家さんが、

私にむかってこう言いました。
 

『 Nori さんは、
モランディ が好きでしょ?』

当時の私は
モランディという名を知らず、

家に帰ってから
その名を調べたのでした。
 

《好きな画家を見つける人》その人の名はモランディ。

Still Life (Italy, 1955)


Still Life (Italy, 1955)
Oil Painting on canvas (43.2 x 61.6 cm), unframed

Giorgio Morandi (Italian, 1890-1964)
© 2018 Artists Rights Society (ARS), New York / SIAE, Rome

その人は、
イタリアの画家

ジョルジョ・モランディです。
(Giorgio Morandi, 1890-1964)
 

モランディの描く
器の質感や色合い、構図など

どこをとっても
どこか静かで温かみがあり

クラッシックでありながら
とてもモダンな印象も受けました。
 

ところが
他の作品も見てみたいと思い

次々に調べていくうちに
ある種の衝撃を感じていきました。
 

「狂気」
というほどの積極性ではなく

しかし
「何かある」と思わずにいられない

消極性の表出
とでも言えるような何かを感じました。
 

なんと、
ひたすら並べているのです。

瓶や器を。
 

そしてそれらを
本当にひたすら、ひたすら、

描いているのです。
 

その執着心
もさることながら、

モランディの描く
色彩や形、雰囲気の温かみに
どんどん心を奪われました。

不思議と
懐かしさのようなものを
感じるのです。
 

ジョルジョ・モランディの
一連の作品を眺めるとき、

その
ひたすら瓶や器を並べ、

ひたすら描き続けた絵からは

『これらの微妙な違いの意味に
眼差しを向ける、

そんな時間に
君は価値を見出せるかい?』

と、
モランディの声が
聞こえてきそうです。
 

当のモランディは
どのような想いで
作品に向き合っていたのでしょうか。

わたしの中で
モランディへの興味が
一気に膨らんでいきました。
 

『 Nori さんは、
モランディ が好きでしょ?』

その言葉に、
今ならこう返答することになりそうです。

『 はい。好き、みたいです。』
 

《好きな画家を見つける人》-並べる人

Natura morta a grandi segni (1931)


Natura morta a grandi segni (1931)
Etching Print(24.4 x 31.8 cm)

Giorgio Morandi (Italian, 1890-1964)
© 2020 Artists Rights Society (ARS), New York

ジョルジョ・モランディは
ピカソと同時代の画家で、

20世紀の芸術を語る上で
象徴的な画家の1人だそうですが、

日本ではあまり有名ではありませんね。
 

それはモランディの生き方ゆえの
結果でもあるようです。
 

芸術の中心パリで
様々な芸術家と華やかな交流をして
超売れっ子作家として名を上げた
ピカソに対して、
 

モランディは
生れ故郷の古い都ボローニャから
ほとんど離れることなく

限られた友人としか言葉を交わさない、

そんな
平穏を愛した人だったようです。
 

「ただ制作のために必要な
平穏と静寂だけしか
自分は望んでいない」

これはモランディの口癖だったそうです。
 

複数の友達に宛てた手紙に
このセリフが
繰り返し書かれていたそうです。

器をひたすら並べる人
モランディは

集中する人
とも言えそうです。
 

なにか目標に向かって
突き進むとき、

集中型と
同時進行型がいませんか?

目標に関係ないことを
全て切り捨てて、

一つに集中することでしか
最大のパフォーマンスを出せない人
というのがいる一方で、
 

一つに集中してはいけない人
もいます。
 

目標とは全く関連性がない
と思えるようなことであっても

それら「全て」に触れることで
結果的に最大のパフォーマンスで
一つの目標を達成する

という同時進行型の人です。
 

モランディはどちらかというと
前者のタイプだったのでしょう。
 

《好きな画家を見つける人》-主題は何か?

Flowers (ca. 1953)


Flowers (ca. 1953)
Oil Painting on canvas (17.1 × 19.4 cm)

Giorgio Morandi (Italian, 1890-1964)
© 2020 Artists Rights Society (ARS), New York

モランディの作品には
人物や動物など、

動いているものは
描かれていません。
 

ある閉ざされた空間の中で
静かに並べられる
瓶や器たちが主役のように見えます。

静物画
と言ってよいのでしょうか。
 

動いていないものばかりを
描いているのだから・・・

「静物画」
というジャンルなのかな?

と眺めてみても、

それもどうも
言葉が足りないような。
 

「静物画」というと確かに
ガラスや食器などが描かれますが、

同時に、
花や果物なども描かれます。
 

モランディも
果物を描いたことがありました。

しかし、
わずかな作品を残した後は

きっぱりと果物を描くことを
やめてしまったそうです。
 

では、
花はどうでしょうか。

果物を描くのをやめた
モランディは、

生涯をかけて
『花』のシリーズを描いています。
 

しかし、
生花が描かれた
いくつかの作品を除いて、

モランディが主役にしていたのは
なんと、

乾ききったみすぼらしい
造花だったそうです。
 

《好きな画家を見つける人》-静物画とは?

Flower Still Life (1614)


Flower Still Life (1614)
Oil Painting on copper (30.5 × 38.9 cm)

Ambrosius Bosschaert the Elder (Dutch, 1573-1621)
The J. Paul Getty Museum, Los Angeles

モランディの絵画は
『静物画』
というジャンルには
しっくり当てはまらないような気がします。

伝統的な静物画からは
根本的に切り離された世界
なのかもしれません。
 

伝統的な静物画とは
どのようなものでしょうか。

『静物画』
というジャンルが一気に花開いたのは、
17-18 世紀と言われています。
 

そこに描かれたのは、
豪華絢爛の世界。

むせかえるような美が
画面からあふれ出て止まらない、
といった世界です。
 

なかなか手に入りそうにないような
高級感あふれる陶磁器や銀食器、

光り輝くベネチアン・グラス、
今まさに、
美しさのピークを咲き誇るような
珍しくも高価な花々。
 

モランディの世界は
この伝統的な静物画の世界からは
完全に切り離されているように見えます。

このような
豪華絢爛な世界を表現している
かのようにみえる
その時代の『静物画』の世界には、

裏側で
もう一つのメッセージが
込められていました。
 

それは、
この世のはかなさです。
 

たとえ今がどれほど
美しく輝いていたとしても、

それは
いつか全て朽ち果て
消えていくのだ、
というメッセージです。
 

チューリップなどの
命の短い花々をモチーフにすることで

美しさの裏側にある
命の儚さを伝えています。
 

《好きな画家を見つける人》-Memento mori (メメント・モリ)『死を想え』

Vanitas (ca. 1640-1645)


Vanitas (ca. 1640-1645)
Ambrosius Bosschaert (II) (Dutch, 1609–1645)
Wikimedia Commons

さらに言えば、

人間である私たち自身も
その宿命から
決して逃れることはできない、

というメッセージなのです。
 

そのことを象徴する、
ある意味、
究極的なモチーフがあります。

それは
頭蓋骨です。

 
この時代の静物画の中には、

豪華絢爛な世界を誇るように描かれた
高級な調度品の傍らに

そっと
頭蓋骨が描かれている作品が
少なくありません。
 

当時の貴族や裕福な人々は
こうした絵を自分の屋敷に飾り

それを眺めることによって
自分で自分を戒めていた
と言われています。
 

15世紀から16世紀にかけての
ヨーロッパでは、

医学の発展に伴う
純粋な科学としての解剖図
というものが存在した一方で、
 

頭蓋骨というものが
絵画の主題として
密接な影響を持つことになります。
 

17 世紀に勃興し
18 世紀に隆興をきわめた
『静物画』の分野において
その影響が見て取れます。

その時代の静物画には、
人間である限り
誰にも逃れることのできない死、

あるいは
はかない人生を生きるという
人間の運命

を表すためのモチーフとして
頭蓋骨が使われます。
 

頭蓋骨
というモチーフを通して
表現された思想を
象徴する言葉があります。

・Memento mori (メメント・モリ)『死を想え』
・Vanitas (ヴァニタス)『空虚』
・Danse macabre (ダンス・マカーブル)『死の舞踏』
・Transit (トランジ)『移ろいゆくもの』

これらの思想が
大きなテーマとなって、

芸術における絵画にも
頭蓋骨が配置されるようになりました。
 

ですがなぜ
わざわざ絵にしなければ
ならなかったのでしょうか。

なぜそこまでして
死を想わなくては
ならなかったのでしょう。
 

そこには現代にも通じる
普遍的な人間像が
浮かび上がってくるように感じます。

私達は皆、
自分の人生に限りがあることを
意識せずに毎日を過ごしています。

その、どこか現実から離れた
弛緩した精神の中で

本当の人生の意味を見出すことは
難しいのかもしれません。
 

華やかな生活が描かれた
絵の中に配置された骸骨は、

自己中心的なふるまいや
傲慢さといったものを
戒めてくれる象徴的な存在でした。
 

死生観を繰り返し自分に問い正すために
死と生というものに対峙する絵画を
家に飾ったのでしょう。
 

《好きな画家を見つける人》-友のために描くとき


モランディの絵画は
伝統的ないわゆる『静物画』
という言葉で表すことも
しっくりこない、

そしてもちろん
『生物画』でもないものです。
 

動くものはもちろん、

生きて
そこに静かに留まっているように
見えるものすら

描くことを捨ててきた人。
 

それが、
モランディなのでしょうか。

モランディの
絵に対する想いが伝わる
面白いエピソードが残っています。
 

何の面白みもないような
瓶や器を

ひたすらテーブルの上に並べ
穏やかな色合いで
それらを描いてきたモランディですが、

唯一の例外的な作品があるそうです。
 

それは、
友人のために描いた
『 楽器 』の絵でした。

友人からの依頼がなければ、

モランディが楽器を描くことは
おそらく一生なかったに違いありません。
 

事実、
モランディが残した絵画の中で、

唯一の例学的な作品となっています。
 

モランディに楽器を描かせた
友人というのは、

同じくイタリア生まれで、
美術・音楽・文学に精通し

評論家、研究家、作家であり、
大学教授であり、

そして洗練された鑑定家であった
ルイジ・マニャーニです。
(Luigi Magnani, 1906-1984)
 

マニャーニが描いてもらいたいと
モランディに見せた楽器というのは、

中世ヨーロッパで一世を風靡した
リュートと呼ばれる高価な古楽器
だったそうです。
 

ところが、
そのような立派な骨董品に
まったく興味のないモランディは、

自分で作品のモチーフを選び直します。

さて、
モランディが『選んだ』楽器とは
何だったのでしょう?
 

友人マニャーニのために
モランディは

マニャーニの家の倉庫に入り、

あれでもないこれでもないと
物色していたそうです。
 

そしてついに、
それを掘り当てました。

ようやく掘り当てた
最高のモチーフとは

『クリスマスの市場の屋台で買った
おもちゃのギターやトランペット』

だったそうです。
 

こうして生まれたのが、
モランディ作『静物』
(1941, v.313 パルマ、マニャーニ=ロッカ財団)
という作品です。

この絵は横長の画面構成になっていて、

ブリキやプラスチックといった
貧相な素材でできたおもちゃの楽器が

重なり合うように並べられています。
 

全体はグレートーンの色調で
低く静かな音を奏でているようです。

このエピソードは、

モランディの愛する
何の面白みもないような

没個性的な瓶や器たちの世界
と美しく調和するように感じられ

わたしはとても好きなお話しです。
 

《好きな画家を見つける人》-驚愕の舞台裏

Still-Life (1930)


Still-Life (1930)
Etching Print in black on ivory wove paper (35.0×44.5 cm)

Giorgio Morandi (Italian, 1890-1964)
© 2018 Artists Rights Society (ARS), New York / SIAE, Rome

モランディの絵に登場する
モチーフには

没個性的なものが
選ばれているように見えます。
 

描かれた瓶や器には
装飾性は見られず、

とてもシンプルな形をしています。
 

それだけではありません。

モランディには
驚愕の舞台裏がありました。
 

なんと、
描く前に、
瓶や器にあらかじめ
白や灰色を塗り、

さらにそこに
埃がたまるのを
じっと待つのだそうです!
 

描く前にこそ

瓶や器たちとの濃厚な日常が
そこにはあるのです。

絵を描くまでの日常で
瓶や器たちとどのようなやり取りが
モランディの中で行われたのでしょう。
 

モランディが語ったとされる
有名なセリフがあるそうです。

アメリカの批評家のインタビューに応えて
モランディはこのように言っています。
 

『 わたしたちが
実際に見ているもの以上に、

より抽象的で
しかもより現実的なものは

何もない。』
 

抽象的なものへ
の思考を積み重ねつつ、

瓶や器といった具体的な現実から
目を背けない姿。
 

絵画という限られた画面の中に
それを納め切るという

モランディ絵画の独特の美しさを
感じます。
 

《好きな画家を見つける人》-埃が紡ぐ時間と空間。

Still Life (1951)


Still Life (1951)
Oil Painting on canvas (29.8×35.6 cm)

Giorgio Morandi (Italian, 1890-1964)
© 2020 Artists Rights Society (ARS), New York

なぜ
モランディは

自身の絵の大切なモチーフである
器や瓶に、

白や灰色を施し
埃 (ほこり) がたまるのを
待ったのでしょう。
 

それはどうも
現実の方を
絵画に近づけるため
だったようなのです。
 

現実の方を絵画に近づける
というのはどういうことでしょうか。
 

それは
埃が溜まっていくのを待ちながら

目の前にある現実から
それらを引き離すこと。
 

そして、
モランディの求める

別の時間、
別の空間へと
移し替えること。
 

埃は
モチーフに特別の意味を与えるために

モランディが費やした
時間そのものです。
 

その埃によって

過ぎ去った時間の記憶を
私達は想起することになるのです。
 

ありのままの現実を写し取る
伝統的な芸術の使命を逆手に取り、

新しい試みとして
モランディは
実験を繰り返すことになります。
 

モランディのアトリエに
訪れた人がいます。

イタリアの批評家
チェザーレ・ガルボリです。

 
彼は、
モランディのアトリエのことを
このように回想しています。

『 てかてか光るものを嫌悪していた
モランディは、

光沢を和らげるために、
物の上に
埃の層が沈積するままに任せていた 』
 

《好きな画家を見つける人》-ピカソも?

Pipe Rack and Still Life on a Table (1911)


Pipe Rack and Still Life on a Table (1911)
Oil and charcoal painting on canvas (50.8 x 127.6 cm)

Pablo Picasso (Spanish, Malaga 1881–1973 Mougins, France)
© 2020 Estate of Pablo Picasso / Artists Rights Society (ARS), New York

モランディと
同時代を生きた芸術家の中にも

埃を愛好した画家は
少なくないようです。
 

たとえば、

ピカソ
(Pablo Picasso, 1881-1973)

ジャコメッティ
(Alberto Giacometti, 1901-1966)

フランシス・ベーコン
(Francis Bacon, 1909-1992)

彼らも埃とは
相性が良かった(?)ようです。
 

彼らのアトリエは
雑然としていて、

使い古された絵の具や絵筆が
そこらじゅうに散乱し

まさに
埃に覆われた空気の中で
絵を描いていた

と言われています。
 

ジャコメッティのモデルであった
フランスの作家

ジャン・ジュネは、
(Jean Genet, 1910-1986)

ジャコメッティのアトリエを
次のように評したそうです。
 

『 ジャコメッティのアトリエは
灰色の埃で出来ている 』
 

モランディのアトリエを訪れた
もう一人の人物をご紹介します。

イタリアの詩人・評論家の
ピエロ・ビゴンジャーリです。
(Piero Bigongiari, 1914 – 1997)
 

ピエロが
モランディのアトリエを訪れると、

モランディと
その姉妹たちが
とても親切に出迎えたそうです。

その手厚い歓迎に
ピエロはとても感動したと
言葉を残しています。
 

そして驚くことに、
モランディのアトリエは

その姉妹たちの行き届いた
整理整頓と清掃で
ピカピカだったそうなのです。
 

では、
モランディの埃は
どこにあるのでしょう?

それは、
その絵のモチーフとなる
器や瓶に付着するものだけに
限られていたというのです。
 

モランディの求めた
埃の芸術ともいえるものは、

埃まみれのアトリエで
自然に積もってしまった埃

では無かったのですね。
 

モランディはあくまでも
生きているこの時間や空間を
象徴する気高いイメージを持った

『 芸術としての埃 』

に惹かれているのであって、

無頓着や無精
といったイメージの強い
現実の埃には関心は無かった

ということなのです。
 

《好きな画家を見つける人》-温故知新という名の敬意と慈しみ。

Large Still-Life (1928)


Large Still-Life (1928)
Etching print on ivory wove paper (25.3 x 34.7 cm)

Giorgio Morandi (Italian, 1890-1964)
© 2018 Artists Rights Society (ARS), New York / SIAE, Rome

それにしても、

モランディは
何を目指していたのでしょう。
 

モランディの『自伝』(1925)が
残されています。

『過去何世紀にもわたる絵画の
もっとも重要な成果を
理解することによってこそ、

わたしはわたしの歩むべき道を
見いだすことができるだろう』
 

20世紀の芸術には
新しいものや
未来へのメッセージ、

過去を消し去り
ゼロからの出発、

そんなイメージが根底に流れる
時代であったようです。
 

前衛的芸術(アヴァンギャルド)
というのも

この時代を先導するものでした。
 

モランディはその流れにあって、
むしろ反対に、
過去の芸術から学んでいます。

その一つが、
遠近法(透視図法: パースペクティヴ)
でした。
 

その頃の最先端の画家たちの多くが
遠近法を過去の悪しき習慣
として抵抗し、

過去の芸術を無視し
ゼロからの出発を目指しました。
 

一方で、
モランディは、

この過去の芸術手法に敬意を持ち
慈しみ

むしろ意識的に
現代と未来へ生かす道を探そうと

研究を重ねていきます。
 

モランディが積極的に研究していた
過去の芸術手法であった遠近法とは
どのようなものなのでしょうか。
 

遠近法は

三次元の世界を
二次元平面へと置き換えるために、

一つの空間の中にあるもの全てが
ある1つの消失点に向かうように
並べる、

という表現技法です。
 

この遠近法は
15世紀初めのイタリア・フィレンツェ
で生まれました。

建築家
フィリッポ・ブルネッレスキー
(Filippo Brunelleschi, 1377-1446)

によって考案され、

さらに万能の天才と言われている
レオン・バッティスタ・アルベルティ
(Leon Battista Alberti, 1404-1472)

の著書『絵画論 (1435)』のなかで
理論的に展開されたものだそうです。
 

遠近法による空間の投影と
影の投影というものが

15世紀初めのイタリアで
ほぼ同時に生まれていきます。
 

それまでの中世の西洋絵画には

地面に投影された影が
描かれることは無かったそうです。

なんだか不思議ですね。
 

遠近法は
もっとも有効な絵画手法として

長く西洋絵画に使われていきました。
 

19世紀に生きたモランディは

この使い古されて
お払い箱になりそうな過去の技法を
積極的に研究していきます。
 

モランディは
モチーフの存在感と関係性を

つまりは
モチーフのヴォリュームと位置関係を
単純明快に表現しようとしています。
 

そう、
お気に入りの瓶や器たちを使って、

繰り返し、
繰り返し。
 

『未来に向けてゼロからの出発』
『過去を捨てて進歩する』

といった時代の大きな流れを
全身で受けながらも、
 

温厚にして

しかし揺らぐことなく
その場所で
描き続けていくのです。
 

《好きな画家を見つける人》-画材研究


モランディは
過去の芸術手法を積極的に学び

そこから新しい芸術の息吹を
見出そうとしていました。
 

モランディの画材研究にも
その想いがみえます。

この時代の絵の具といえば、

すでに
チューブの絵の具
が主流だったようです。
 

しかし、
モランディはあくまでも
伝統的な顔料にこだわり

研究を重ねています。
 

伝統的な顔料というのは、

土や鉱物の粉末
を使ったものです。

この粉末のことを
イタリア語で polvere と言うそうですが、

なんと、
この単語には
埃や塵という意味があるのです。
 

まさにモランディの絵画の主題は
どこまでも埃なのです。

モランディの
顔料としての色彩へのこだわりは、

ここでも当時の画家たちとは
非常に対照的だったようです。
 

科学的な色彩理論をもとに
直接的な表現のみに囚われてしまった
近代の多くの画家たちが

もはやあえて
使おうとはしなかった画材。

そんな埃のような画材で
モランディは

埃にまみれたモチーフを
美しい光のベールで包み込み
絵画へと昇華させていきました。
 

モランディは若いころから
顔料の調合に没頭していたようです。

モランディのパレットにあった顔料は
昔から用いられてきた伝統的なもので

そのほとんどが
土性の顔料だったそうです。
 

天然のシエナ土(黄土色)を始め
焦土やオーカー、アンバー、

さらには
赤土や緑土、
鉛白や鉱物のウルトラマリンなどです。
 

これらはもはや
近代の画家たちがあえて使おうとは
思わないような、

埃のような鉱物の粒子
というわけです。
 

しかし
モランディの追求した
技法や顔料のこだわりは

穏やかで圧倒的な存在感をもち
半透明のベールに包まれているかのような

なんとも言えず柔らかい質感を作り出し
絵全体を包み込んでいました。
 

ささやかで美しい
そんな世界が広がっているのです。

ある日、
調合に成功したモランディは

その美しい色を発見した喜びを
イタリアの先輩画家
カルロ・カッラへ
( Carlo Carrà, 1881-1966 )

手紙で伝えています。
 

『・・・しばらく前にわたしは、
さる画材店で、赤土を見つけました。

それは、すっと以前にアッシジの周辺で
掘り出されたもので、

その後
長い間お目にかかったことは無かったのですが、
最後の幾らかがその店に残っていたのです。
 

この赤土を白と混ぜると、
古いフレスコ画に見られるような、
とても美しいバラ色が得られます。

私がやっているように
あなたも色を調合されるなら、
どうぞおっしゃってください。

その赤土を幾らかお送りしましょう。』
 

モランディの熱い探求心と
穏やかな優しいまなざしが
伝わってくるようです。
 

《好きな画家を見つける人》-まとめ


自分のことは
なかなか見えないもので、

自分の視点を通して
自分を見てしまうと

どうしても
思い込みが入ってしまいます。
 

自分で
自分探しをしなくても

周りが教えてくれることもある、
そう思いました。
 

『 Nori さんは、
モランディ が好きでしょ?』

そう声をかけて下さった方は
実はひとりではありませんでした。
 

モランディの芸術や生涯を
本で読んだりしているうちに

自分のこだわりや
自分がどうしても貫きたいと
思っていることが

少し離れたところから
微笑ましく感じられました。
 

それはもしかしたら
他人からどう見られているのか

という自分とは
同じではないかもしれませんが、

それでも
わたしにとっては

自分のことを振り返る
とても楽しい時間となりました。
 

NORi
自分の好きな画家を
他の方から見つけもえるなんて

ちょっと面白い
そして
とても意義深い経験でした。