【ノート落書き習慣】友が教えてくれること ~絵描きの入り口~


NORi
こんにちは、NORi です。

今回のテーマは『落書き』です。

NORi
落書きには
とても自由な雰囲気がありますよね!
 

プライベートで
制限の無い自由さと

手で書く
というアナログ的な触感も
心地よさのポイントかもしれません。

NORi
そんな
『お絵描き心』が潜んでいる
落書きを入り口にして

もっと気軽に
もっと自由に
素敵な絵が描けますように!

 

《ノートの落書き》- 気がついたら描いている?


お絵描きというのは、

いざ描くぞ!
と思って描くというよりは、
 

何かに感動したり
何かを思いついたりしたときに

メモを取るような感覚で
気軽にペンを取る

といったものかもしれません。
 

子供の頃には
日常生活に溶け込むひとコマとして、

誰もが気軽に絵を描く習慣が
自然にあったのではないでしょうか。
 

大人になってからも

何気なくノートの片隅に模様を描いたり、
電話をしながらメモ帳に
『 落書き 』をしてしまうのも、
 

もしかしたら
そんな自然なお絵描き心

現れかもしれません。
 

■ 落書きの習慣で頭を整理?

なにか頭を整理したいなと思うとき
とにかく書き出す

ということをされている方も
いらっしゃると思います。
 

わたしも書いて整理するのは
有効だと感じています。
 

そのために
無地のスケッチブックと
太めの水性ペンを複数用意して

あちこちに置いてあります。
 

筆ペンが好きなので
筆ペンでメモを取る事もあります。
 

無地のスケッチブックに
思いつくままに字を沢山書いているうちに、

落書きのように
ぐちゃぐちゃになったりしますが、

ときには
図や表のようにスッキリと
まとまったりすることもあって、

なんとなく頭の整理がついて
次に進むことができます。
 

アナログの落書きでなければ
ここまで自由に
書き出すことは難しいですよね。

 

そんな落書き習慣を
大人になってからも続けられたのは

もしかしたら
悪友のお蔭かもしれません。
 

《ノートの落書き》- 友が教えてくれること。


学生の頃、

親友に「ここに絵を描いておくように」と
よく命令されました。
 

彼女はいつもコンパクトな手帳を持っていて、

そこに
日時の数字
予定を書き込んだ文字だけが並んでいることに

なにかしらの違和感を感じていたのでしょう。
 

それは彼女の芸術性から生まれる
感覚だったのではないかと、

今振り返ると思います。
 

■ 理系の学生の日常。

彼女も私も理系でした。
 

授業はすべて理論と実験で埋め尽くされた世界で、

その中にどっぷり浸かった後の
休憩時間には

ひたすら冗談ばかりを言って
ケラケラと大笑いをして過ごしたことが

今となっては、いい思い出です。
 

彼女と私は研究者の道へ進みました。
 

彼女は今でも科学の分野で活躍し、
社会に貢献しています。
 

しかし、
実は彼女のピアノの腕前はかなりのもので、

幼い頃は音楽の世界で生きていく道も
真剣に視野に入っていたのです。
 

一方で私は
これといって取り柄もなく、

私がなぜ彼女の手帳に
絵を描く係になったのかは今でも不明です。
 

■ 落書き係はこうやって始まる。


授業が始まる前、
隣の席に座る彼女が言うのです。

「 Nori、ここにピアノの絵を描いて~。」
 

彼女にはお気に入りのペンがあって、

彼女の手帳にはそのお気に入りのペンだけが
記入を許されていました。
 

ですから、

当然、彼女の指定した
そのボールペンで絵を描くことになります。
 

確かに彼女のボールペンは描きやすく、
絵が上手に描けたのです。

 

「まぁ、描いてって言われて描けるんだから、
それでいいじゃん。」

そう笑う彼女の声が聞こえてきそうです。
 

いやはや、
友達というのは面白いものですね。
 

《ノートの落書き》- 育みあえる関係性。


すっかり落書きが習慣となった私ですが、

あるきっかけで
本格的に絵を始めるようになりました。

描きたい絵がない?楽しさ再発見!《透明水彩との出会い》

 

その根底には
友達や家族によって育まれたもの
沢山あったんだなと感じます。
 

友達や家族と話していると
自分とは全く違う視点や考え方を持っていて、

ハッとすることがあります。
 

同じ日本に住んでいて
身近にいる人でさえ

これほどまでに価値観が違うとは
と感心してしまいます。
 

自分が投げた言葉に対して、

とんでもない角度から
球が飛んできたりすることもあります。

 

会話はキャッチボールと言いますが、

そんなにうまくいくものでもない
ような気がしています。
 

友達や家族のいいところは

いつのまにか
友達や家族になっているところ
だと思います。
 

うまくキャッチボールできないのに
友達や家族である

という不思議な関係です。
 

そんな親しい友人や家族関係の中で
育まれてゆく感性は

もしかしたら自分自身の特徴を
とても良く引き出しているのかも
しれません。

 

友達や家族との時間の中で

多様な価値観が
こんなに身近に存在している

ということを
私達は心底知ることができるのでは
ないでしょうか。
 

友達や家族というのは
本当に宝物だなぁと感じます。
 

『 どんな球も取りに行く 』

そんな気持ちがお互いに
いつもどこかにあるのかもしれません。
 

■ タンゴは一人では踊れない。

このような他者との関わりは
人生の大前提ですが、

こんな英語があります。
It takes two to tango.
 

直訳すると、
『タンゴは一人では踊れない』
ということですが、

これは、ことわざになっている
英語表現です。
 

ことわざの意味は、
『責任は二人ともにある』。
 

つまりは
喧嘩両成敗

という意味でも
使われる表現だそうですが、
 

たとえ失敗したとしても、

本当に一方だけに責任がある
ということはない

ということを伝えた言葉のようです。
 

誰かと何をするにしても、

息がぴったりあったタンゴを踊るように
お互いを活かし合えたら
素晴らしいですね。
 

そんな関係を通して
成長していけたら

互いの素晴らしい部分もまた
引き出されていくのだと思います。

 

《ノートの落書き》- ミジンコを描く小学生。


最初に絵を描いたのは
いつでしょうか。

 

記憶をたどっていくと

小学生の理科の授業で
顕微鏡をのぞき込んだときの事を思い出しました。
 

覗き込んでも何も見えず、
先生に何か言われながら試行錯誤。
 

ミジンコの姿をようやく発見したときには
誰もが純粋に「わぁ~!いた!いた!」と

目を輝かせながら
驚きの声をあげたものでした。

 

自分の眼だけでは見えない世界を
眺められるようになるというのは

とても画期的なことだと思います。
 

顕微鏡でミジンコを見るためには、

あらかじめ、
どのくらい拡大したら見えるのか?
ということを知っていなければなりません。
 

倍率の計算が必要です。
 

■ 見たいのはどんな世界?

ミジンコを見るためには、
2 倍くらい拡大すればいいのか?
 

それとも10 倍なのか、

100 倍まで拡大しなければ
見ることのできない世界なのか?
 

もう少しクローズアップして
300 倍でようやく見える世界なのか。
 

適切な倍率で眺める時に初めて、
その世界が見えます。

 

同時に、
 

顕微鏡で見なければ、
ミジンコの存在を確かめることは出来ない、

ということを私達は知ります。
 

今、私達が見ている世界は
今の自分の視力で

バッチリと倍率があっているからこそ
見えている世界。

 

そこから外れてしまった世界は?

・・・見る事すらできていない
ということになりますね。
 

■ 心の眼で覗き込む。


『 色めがね 』
という言葉があります。
 

これは、
先入観や自分の考え方が

物を見る倍率(心の視野)を、
あらかじめ自分で決めてしまう

という
『 心の中にある眼鏡 』の存在を
教えてくれています。

 

今の自分にぴったりな
今の自分の心に合う

お気に入りの『めがね』を

私達は知らず知らずのうちに
かけているのかもしれません。
 

私達はそんな心のめがねを
なかなか外すことができない

– そんな存在であるようです。
 

しかし『 心のめがね 』の倍率は
変えることはできそうです。

 

今日の自分は

どんな『めがね』を
かけているのでしょう。
 

眼鏡の倍率を変えることで
全く新しいものが見えたなら、

自分が色々なことを誤解していたことに
気付けるのかもしれません。

 

顕微鏡。

今ならどんな気持ちで
その小さな小さな世界を
覗き込むのでしょうか。
 

科学も芸術も
純粋な好奇心や探求心から
はじまるものだと私は思います。

 

《ノートの落書き》-【スケッチ動画】~藤の葉っぱの観察ノート~

image-wisteria
『 観察ノート 』
一種の落書きかもしれませんね。
 

わたしは藤が好きなのですが、

限られた季節にしか咲かない花というのは
「そこへ見に行く楽しみ」
を作ってくれますよね。
 

花を眺めながら
印象的な風景を写真におさめてきました。
 

足元を見ると、

まだ散ったばかりの
美しい花や葉っぱが落ちていました。
 

それらを家に持ち帰って
スケッチブックに貼りつけました。

 

それは後で細かい観察をしながら
スケッチをするときにも参考になります。

 

■ 観察スケッチ。

(動画再生時間:1分46秒)
※音楽が鳴りますので、音量の調整をしてご覧ください。

『 藤の葉っぱ 』< 観察スケッチ ( 鉛筆 ) > by Nori

■ 鉛筆:H (MITSU-BISHI Hi-Uni)
■ 紙: スケッチブックA6サイズ
(DRAPAS DRスケッチブック)
 

花もいいのですが、

葉っぱの形の素晴らしさにも
改めて感動します。
 

■ 観察ノート。


藤の葉っぱの形を観察してみると、

小さな葉っぱが、
ほぼ左右対称に並んでいます。
 

一つ一つの葉っぱの形は

先っぽが尖っていて、
葉のふちは滑らかに波打っています。
 

葉脈は、
葉の中心から左右対称に出ているように
見える部分と

そうでない部分がありました。
 

一連に並んだ葉っぱの形を比べてみると、
隣同士でも少しずつ違っていました。

 

スケッチブックの左側に位置する
根元の方についた葉っぱは、

三角形△の角を
まるくしたような形
をしています。
 

スケッチブックの右側へいくほど、
つまり先端側に向かうにつれて、

葉っぱの形は菱形◇を
縦に長く伸ばしたような形

少しずつ変化していくように見えました。

NORiの水彩画|透明水彩で描く美しい葉っぱの世界と観察スケッチ

パンジーの水彩画|花と葉っぱの塗り方動画《下絵と試し塗り》

 

《ノートの落書き》- まとめ。

  • 何気ない落書きもお絵描き心の現れかもしれません。
  • 芸術も科学も純粋な好奇心や探求心からはじまるものではないかなと私は思います。
  • 落書きのような気楽な気持ちではじめた観察ノートスケッチへの入り口になりました。

 

NORi
文字でもなく絵でもなく、、、
『落書き』というのは不思議ですね。

そこには
何かを捉えて記録したいという
心の働きがあるのかもしれません。

『落書き習慣』から始まった
観察ノートは
お絵描きへの興味を深めてくれました。