『絵の具を100色買いました。』は、圧倒的な美しさを誇る透明水彩に特化した学びサイトです。透明感あふれるみずみずしい絵を描くための基本的な知識や色彩科学の視点に基づいた実践的な技術などwatercolorist NORiがご紹介していきます。

【感覚】水と響き合う:透明な色が心に溶け込んだ日

    
\ この記事を共有 /
【感覚】水と響き合う:透明な色が心に溶け込んだ日

こんにちは、NORi です。
透明水彩の圧倒的な透明感や美しい色彩は、なぜこれほどまでに私たちの心を惹きつけるのでしょうか。私も大人になってからこの世界に出逢い、人生が塗り替えられるような衝撃を受けました。

今回は、そんな私の「透明水彩との出逢い」や、コントロールできない「水との対話」、絵を描く感覚についてもお話ししてみようと思います。

NORi

1. 透明水彩との出逢い:アメリカの陽射しの中で

『 Autumn
~Great Falls Park, Washington DC~』<透明水彩画 (70cm×82cm framed)> by NORi




こちらの作品は
私が透明水彩と出会ったアメリカの風景です。

Washington DC にある
Great Falls Park の横に流れる運河です。


広々とした自然の中で
カモが伸び伸びと泳ぐ風景は

アメリカの明るい陽射しに映えて
とても美しく見えました。




透明水彩に魅了され
絵を描くようになった私は、

思い出深いアメリカの風景を
透明水彩で描きたいと思い
この水辺の風景を選びました。


ここから
わたしと透明水彩との出逢いについて
書いてみようと思います。






■ 透明水彩との出会いはアメリカで。


私の水彩との出逢いは、
アメリカの明るい陽射しの中にありました。

私の両親は、
ワシントンD.C.で 7 年ほど暮らしていて、

母がアメリカで水彩画を習い始めた事を
国際電話で知りました。



それまで
絵とは無縁の生活をしていた母が、

突然アメリカで
『水彩画』という趣味を持ち、

生まれ変わったように生き生きと
絵の話をするようになりました。




母が水彩画を習い始めて
数年たった頃でしょうか、

私は両親に会いに、
アメリカ旅行の計画を立てました。


両親の住むアパートに到着すると、

部屋には母の描いた大量の絵が
所せましと並んでいるのが
目に飛び込んできました。




母の絵を見た瞬間、

今まで感じたことのない衝撃が
走りました。



母の描く風景画や静物画は
自然の美しさや生命力に満ちていて、

どこまでも透明感あふれる
清らかな色の世界が

絵から流れ出るようでした。



あまりの美しさに感動して
言葉が出ませんでした。




『 お母さんがこんな絵を描くなんて 』


一瞬で、

なんとも言えない幸せな気持ちに
身体全体がすっぽりと覆われたような
不思議な感覚に包まれたのです。






■ 衝撃の透明水彩


母は一枚一枚、絵の説明を始めました。

これは、どこの風景だとか、
先生にこんなところを褒められたとか、

この色が大好きだとか、
この絵を描いてから次にこの絵を描いたとか。



話を聞いていると、

母が絵を描いている姿や
その時の情景、出来事などが
リアルな感情とともに
どんどん伝わってきました。




まるで今ここで、
私も一緒に絵を描いているかのようです。


母の水彩画は、

透明水彩という透明度の高い絵の具を
使って描かれたものだと分かりました。



私はそれまで芸術の方面の興味を深める
といった趣向は
持ち合わせていませんでしたが、

母の言葉と相まって
透明水彩の圧倒的な色の美しさや
絵から伝わる臨場感といったものが
ぐいぐいと心に迫ってきて、

私は母の絵の世界に
完全に魅了されていました。




でも、
それだけではなかったのです。


透明水彩という新しい芸術の世界に触れ、
それに感動している自分自身。

そんな自分自身のことが、
なぜだか嬉しくて嬉しくて
たまらなかったのです。






2. 想像を遥かに超えた「一色のグラデーション」



私のアメリカ滞在中も
母は絵の教室に通う予定でした。

私はすぐに
一緒について行きたいと言いました。


絵の先生に電話をしてもらうと、

ビジターとして
特別に絵の教室に参加させてもらえることに
なりました。



参加が決まって、
もぅ、ウキウキが止まりませんでした。

Cheap Joe という画材屋さんで
スケッチブックを買ってもらい、

水彩絵の具で絵日記を始めました。




また、
水彩画の本が沢山置いてある本屋さんへ
連れて行ってもらい、

素晴らしい水彩画の絵の本を
母に沢山紹介してもらいました。


これまで
美術館にも興味を持たなかった私が、

本屋さんの芸術コーナーに居座り
本を何冊も読む人間へと

あっという間に変わってしまったのでした。





いよいよ
お絵かき教室参加の日がやって参りました。

教室の会場までは車で30分ほど
かかったと思います。


父の運転で、3人でドライブです。

褐色の煉瓦で統一された
可愛い別荘のような街並みや、

美しい自然溢れる広々とした並木道。



全てが新鮮で、
本当に夢のような世界に見えました。





ようやく会場に到着し、
こっそりと母の後ろについて教室に入ると、

先生をはじめ、クラスメイトの皆さんから
歓声があがりました。


Welcome, Nori !!

大歓迎のムードの中、
私は皆さんの笑顔に囲まれ
迎えられたのでした。





■ とっても自由なアメリカンスタイル


現地のお絵かき教室に飛び込み、
初めて筆を持った日のことは
今でも忘れられません。


授業は基本的に、
みなさん描きかけの絵を持ってきて、

各自好きなように
絵の続きを描いていくスタイルでした。



先生はクラッシックやジャズ、ポップス、
その日の気分で色々な音楽をかけます。




生徒さんも鼻歌混じりで
好きなように雑談をし合いながら、
笑いながら絵を描いています。

遅れて来た人も、
ポップコーンやコカ・コーラを片手に
ニコニコ楽しそうに教室にやってきます。


自由で快活なアメリカンスタイルの教室。




クラスには色々なレベルの生徒さんがいて、
先生は順番に生徒さん一人一人をまわり、

絵のアドバイスをしたり、
質問に答えたりしていました。


時々、デモンストレーションをしながら
新しい技法などを皆に説明したり。



私はというと、

初心者用に用意された
沢山の絵柄のイラストサンプルから、

描いてみたいなと思うものを
一枚選ぶように勧められました。





花・昆虫・魚、

それから
簡単な風景や幾何学模様など、
いろいろな絵柄のイラストがありました。


ものすごく悩んだのを覚えています。

そこで私は
少し複雑な模様が混ざった
ひし形の幾何学模様を選びました。






■ 想像を遥かに超えた美しさ。


まずは、
選んだ絵柄を水彩画用紙に写す方法を
教えてもらいました。

トレーシングペーパーに絵柄を写し取り、
カーボン紙を使って画用紙に転写します。


ひし形の模様を画用紙に写し取り終えると、

先生は私の横に座り
ゆったりとした筆使いで

ひし形の模様の一つに
色を塗りはじめました。





そこで初めに先生が教えてくれた塗り方は、
1色で美しいグラデーションを表現する
塗り方でした。

たった一色の絵具が水に誘われ
て広がっていくグラデーション。


目の前に広がった真っ白な水彩用紙に
透明水彩絵の具が
ぱぁ~っと広がるその世界は、

私の想像を遥かに超えた
気品すら感じる美しさに溢れていました。




たった一色なのに、
なんて美しい色なんだろう!

こんな素晴らしい世界が
この世にあったなんて!


わたしは全身で喜びを感じていました。



母の美しい絵を生み出している
色の世界に、

今、わたしもいる。





この「理屈抜きの感動」こそが、
私の表現の原点です。


わたしは先生の塗り方に
一気に惹きつけられ、

先生のやり方を真似て、
無心で塗り始めました。






■ 心に残ったもの。




その日は、クラスの途中で、
何人もの生徒さんが

私の絵を見に来ては、
楽しそうに話しかけてくれました。


英語がよく通じない私に、
身振り手振りで一生懸命に、

笑顔で話しかけてくれるのです。



私が楽しく過ごせるようにと、
特別な一日にしてあげようと、

心を通わそうとしてくれているのを
感じました。





先生やクラスの皆さんと母とのやりとりも
とても楽しそうで、

一緒になって笑っている自分がいました。


先生も生徒も
みんなが自由に個性を発揮し、
尊重しあい、

補い合っているのを感じました。



母が、この素晴らしいクラスで
いかに大切にされ、

楽しく絵を描いてきたのか、
初めて参加した私にも
伝わってくるような気がしました。





ひし形の幾何学模様は、
その日の教室の時間内には
塗り終わりませんでした。

宝物のようにして
両親のアパートに持ち帰り、

数日かけて完成させました。



絵の具を水で溶き、
自分の好きな色を組み合わせながら

水をたっぷり使って、
なめらかに真っ白な紙に塗っていく。


それがこれほど楽しいこととは
思いもしませんでした。





このあとも帰国までに数回、
引き続き教室に
参加させてもらうことが出来ました。

教室のない日は、
母と一緒にアパートで絵を描き続けました。


こうして、
わたしのアメリカ旅行は、
ほぼ絵を描くことで満たされました。



このアメリカでの体験が、

後にわたしが本格的に絵を描き始める
きっかけとなりました。






3. Creation:調和が訪れるとき

pinky-waterlily

『 pinky water lilies 』<透明水彩画(作品の一部)> by NORi




この睡蓮の作品は
「調和の訪れ」をテーマに描きました。


それは、
息苦しさや違和感といった

自分の限界を思い知らされると同時に
すぐには行き場を見いだせそうにない

何度目かのサインが現れた時のことでした。



それでもいつしか
肩の力がゆっくりと抜けていき、

ささやかながらも
今この地に、足がしっかりついている
という実感だけが

心を穏やかに包んでいきました。


ただ
ありのままの自分だけが
ポツンとそこに在りました。





しばらくすると、
どこか懐かしい想いにも似た

温かい希望の岸に
再び辿り着いたような気持ちになり、


何も無くなってしまったようにみえる
空っぽの心の自分でも
今いる場所で
自分のできる範囲で

誰かのために精一杯力を尽くすことが
まだまだ全然できるんだ

- そんな想いがふと
私の心に静かに広がっていくのを感じました。





もしかしたら気づかぬうちに

自分の中でいつも開いていたはずの扉が
いつのまにか閉まっていたのかもしれません。


それでも人は、
きっといつか自力で
その扉を開けるのではないでしょうか。


どこまでも自由であるように思える心と
この世とのつながりを実感させてくれる体が

ある種のサインを通して
私たちを導いてくれているように感じます。





この絵は、
そんな「心の調和」の訪れを描きました。






■ 個展での出会いとシンボル・アート

『 pinky water lilies 』<透明水彩画 (56cm×45cm framed)> by NORi



この絵を通して
ある方とのご縁をいただきました。

その方はお店を経営されていらっしゃって、

愛すべき良い従業員に恵まれていることに
本当に感謝しているとおっしゃいました。


穏やかな口調で誠実に話をして下さる
謙虚なお姿が

とても、わたしの心に響きました。




従業員の方達とその家族の
生活と幸せのために

今日もお店を続けておられます。


その方が
新たな店舗を展開されるということで、

そのお店のシンボル・アートとして
この絵を飾ってくださることになりました。





店舗内装の打ち合わせの時期に
絵をお届けし、

後日、
完成した店内の写真が送られてきました。


blue-wall


真っ先に目に飛び込んできた
鮮やかなブルーの美しい塗り壁。

この作品に合わせて
壁の色を選んでくださったのでした。


感動して言葉が出ませんでした。




お店はオープン初日から大盛況で、

そんなお忙しい中にもかかわらず
手書きのお礼状まで送ってくださり、


その方の根底に流れる深い愛情と
きめ細やかな優しさに

本当に心が温かく包まれるようでした。



このたびの一連の出来事は、
私にとって本当に貴重な体験となりました。

小さな御縁を
大切に繋いでくださる方がいることに

心から感謝の気持ちで一杯になります。





この方のお人柄がお店全体に広がって、

従業員の方々とそのご家族、
そして
このお店を訪れる沢山の方々が

素晴らしい時間を共有され、


その喜びや幸せがどうか
さらに深く広く伝播してゆきますように。



描き手の祈りが、
誰かの優しさと響き合い、
社会の中に広がっていく。

水彩が繋いでくれた、
かけがえのない循環の記録です。



■ 睡蓮の花を描く。

pinky-waterlily

『 single flower 』<透明水彩画(38cm×29cm framed
)> by NORi



睡蓮は精神性の宿る独特な花として
多くの人を魅了しています。

わたしも睡蓮の花の美しさに
心を奪われるひとりです。


睡蓮の花は
これからも大切に
描いていきたいと思います。






4. 水の理(ことわり)を描くために|待つということ

色の定着時間を比べている作業の様子。 by NORi





わたしは絵を完成させるまでに、
数ヶ月をかけて
一つの絵を描くことが多いです。


描きたい絵のイメージや構図を決めたら
細かい部分を観察しながらデッサンをして、

下書きを描き、
色の研究を重ね、

ようやく本塗りです。




透明水彩では
色を濁らせずに色を重ねていくために、

色を塗る順番や
混ざり合う色の相性に気をつけます。


また、透明感を深めていくために、
紙を完全に乾かす、という工程を入れます。

透明水彩画では、
この『紙を完全に乾かす時間』が
とてもとても大切です。




これをすることで、
豊かな表現を何度となく重ねることができ、

透明感あふれる
深みのある絵の表現が生まれます。


透明水彩の深みを作るのは、
技術以上に「時間」なのです。




■ 重色と混色


完全に乾いた状態で
次の色を塗り重ねる方法を

『重色』といいます。


透明度の高い水彩絵の具を
薄く溶いて重色を施すと、

ちょうど二色のセロハン紙が重なったように
二つの色が透けて重なります。



朝日をいっぱいに受けて
光輝く花を描くような場合、

花びらには周りの花などの色が写り込み
色々な色が美しいグラデーションを作ります。


これは薄い色で何色もの色を
丁寧に塗り重ねる『重色』の技法よって、

透明感を損なうことなく
多くの色が重なり合った
色の共演を実現することができます。





これに対して
『混色』という方法があります。

これは色と色をパレットなどの上で
直接混ぜる方法です。


混色では、
パレットで何種類かの絵の具を混ぜ、
均質な一色にしてから塗ります。

あるいは、
最初に紙の上に塗った色が
完全に乾かない状態で
すぐに次の色を塗り重ねた場合、

紙の上で二色が混ざりあい、
結果として混色の表現となります。





例えば黄色と赤を混ぜて
オレンジ色を作って、

オレンジ色という一色(一層)を
塗るのが混色です。


これに対し重色では、

先に黄色を塗り
完全に乾かした後に赤を塗り重ねるため、

二色の層が重なり
オレンジ色に見えつつも
より立体的で透明感のある表現が可能です。



「紙を完全に乾かす時間」
を積み重ねることは、

描き手の意図を一旦手放し、
自然の理に完成を委ねる
静かな対話の時間でもあります。


この「待つ」という工程が、
画面に圧倒的な透明感をもたらします。






■ Time:待つ時間


実際の制作においては、

『重色』・『混色』や
滲み(にじみ)や暈し(ぼかし)などの技術を
上手く織り交ぜながら、

表現豊かな一枚の絵を完成させていきます。



『重色』の場合、

「紙が完全に乾くのを待つ時間」
を積み重ねることが
絵の透明感を際立たせていきますが、

風景画などの複雑な色が沢山入り込む
多様な濃淡を表現をしたい時は、

『混色』の技法が効果を発揮します。



紙の上で自然に混ざり合う混色を
意図した場合には、

時間が経つにつれて、
紙の上で微妙な色の変化が起こります。


それを見極めながら
次の塗りを決めていくことになるので、

「自然の経過を見守る時間」もまた
作品の一部になります。





こうして水彩の技法を駆使しながら
必要な時間をきちんとかけることによって、

透明水彩ならではの発色の美しさを
最大限に引き出すことが可能になります。


『 水を使っている 』

- その流動性をも想定して
制作を進めていくところに

水性絵具で描く絵画の美しさを感じます。






5. 水と響きあう時:思考が消える前の自分へ



雨が降ると気持ちが落ち着きます。


幼い頃から雨の日は、
窓に顔面をピタリとくっつけて
外の景色をずっと眺めていました。

今でも窓辺で
ひたすら落ちてくる雨粒を
ただただ見る時間が特別な喜びに感じます。



雨音を聴いているうちに、
聴覚から視覚へと自分の反応が移ります。

その風景を眺めていると、
自分に向かっていた意識が
外の世界と同化していくような
そんな感覚になっていきます。





思考が消えて、
受動的な感覚だけが残り、

コントロールできない世界が、
ただあるだけ。

あぁ、自然は美しいなぁ
と思います。



時々、気が付くと
涙が流れていることがあります。

あれ?
なんで泣いているんだろう、と。





そして、時々こんな風に思います。

あたしは一体
何に背中を押されているのだろう?


雨が降らなくとも、
ここにまた戻れるだろうか。

思考と言葉が生まれる前の
わたしに。




雨を見ていると、
優しさのようなものを
少し取り戻せるような気がします。

私にとって
水を使って絵を描くということは、

その「コントロールできない自然」の優しさを
少しずつ取り戻していく作業なのかもしれません。







■ 結び

今回は、水彩との出逢い、そして水と響き合う「感覚」についてお話ししました。水の流動性に身を委ね、時間をかけて色を重ねる。その中で避けられないのが、予期せぬ「揺らぎ」や「失敗」です。ですが、その失敗さえも、今は愛おしく感じます。

▶︎ 「【技法】失敗も隠さない潔さ|悩ましい「桜」に自分を映し出す」では、白い水彩紙に淡い花びらの桜を描くという悩ましい課題に取り組んだ記録を綴りました。制作を通して、ありのままの自分で絵を描くための「潔さ」を学びました。

NORi