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❻【対話】静寂の中で次を待つ|題材という名の「美」との再会

    
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❻【対話】静寂の中で次を待つ|題材という名の「美」との再会

こんにちは、NORi です。
今回のテーマは『絵の題材』です。絵を描きたい!という情熱は一体どこからくるのでしょうか。特に大人になってから突然、あるいは「やっぱり絵を描きたい」と改めて思うのは何故なのでしょうか。そんな情熱を抱えながらも、時には「描きたいけれど描けない」という壁に突き当たることもあります。

今回はそんな時の突破口を、私自身の「美」への思索とともに紐解いてみたいと思います。自分の中にすでにある感性が広がり、また楽しく筆を握れるようになりますように。

NORi

「次は何を描こう」という幸せな壁




作品が一つ仕上がると
ひと段落着くか着かないかのうちに
頭の中では早速

「次は何を描こうかな」
という題材探しが始まっていることに
気が付きます。


どこか
ワクワクしながらも
なかなか決まらないことも
ありますよね。



ここで大切にしたいのが、
モチーフ・テーマ・コンセプトという3つの視点です。

  • モチーフ: 作品ひとつひとつの具体的な対象。
  • テーマ: 表現全体を貫く中心的な問い。
  • コンセプト: 自分の価値観の根底にある抽象的な考え。

これらの言葉の違いを
もう少し考えてみたいと思います





具体的な題材としてのモチーフ




モチーフ(題材)」の語源は
フランス語の「motif」で、

芸術表現などの中心となる思想や動機
という意味だそうです。


より大きな意味合いを含んでいるのが
テーマ(主題)」で、

さらにもっと抽象的なのが
コンセプト(概念)」です。





「モチーフ」とは

作品ひとつひとつに添えられる
具体的な題材(対象)のこと。


「テーマ」とは

絵を描くという行為全体を貫く
中心的な主題(問い)のこと。


「コンセプト」とは

自分の価値観や興味の根底にある
抽象的な考えや視点を示す概念のこと。



この3つの言葉

  • モチーフ
  • テーマ
  • コンセプト

を絵の制作という行為に当てはめてみると、

例えば
こんな風に表現できそうです。





「ゴッホは
【麦畑やひまわり】などをモチーフに
黄色の色彩を特徴とした絵を沢山描きました。


そこには
【万物を混じりけのない
黄色の光であふれさせる】
という彼のテーマ
がありました。


彼は【救済】をコンセプトに
絵を描いた画家です。」





このように考えると
モチーフ = 題材
と考えて良さそうですね。


ゴッホにとってモチーフが「麦畑」なら、
テーマは「黄色の光」、
そしてコンセプトは「救済」でした。

あなたが選ぶ具体的なモチーフの奥には、
どんな「願い」が眠っているでしょうか。





作品を生み出す「3つの要素」




では実際に
次の作品の題材選びを

どのように進めていけば
良いのでしょうか。
 

描きたいモチーフが
ばっと思いつくときもあれば

なんだかモヤモヤして
何も思いつかないときもあります。





題材選びには
互いに作用し合う3つの要素が含まれています。

  1. すでにある美意識: 自分の中に眠る、生命力を育む力。
  2. 美との出逢い・観察: 五感を通じて「美」を発見する瞬間。
  3. 美の表現力・技術力: 出逢った美を他者と共有するための言葉。


例えば
私達は絵を描くときに

①自分の中にあらかじめ
なにかしらの美意識があって、

それにつながる具体的な題材としての
美のモチーフと偶然に出逢うのです。





そこから着想を得たり
アイディアを思いつくことで
③作品へと昇華するために
工夫をしながら絵を描いていく

といったように
これらの要素が互いに作用し合って
絵に向かっていくことになります。



絵を描くことに興味のある私達にとって
たとえ絵を描くことが
難しいことであっても

やはり絵を描くことは
魅力的であり
どうしても挑戦したいことでもあるのです。





実際に絵を描いているときは
あまり意識しないことですが、

絵を描くことができる背景に
これらの条件が揃っていると思うと
絵を描ける人生が
さらに愛おしくなりますね。


「絵を描きたい」と願うこと自体、
すでに私達の中に
豊かな美意識が育まれている証拠です。

情熱をわざわざ持つ必要はありません。



その情熱に、
後から自分が気づいてあげるだけでいいのです。





ここからは
これらの3つの要素について
考えてみたいと思います。





①すでにある美意識




なぜ私達は
絵を描きたいと思うのでしょうか。

それは
すでに私達の中にある
美意識の集積の結果
と言えるのではないでしょうか。


自分の中にある美意識とは
一体どのようなものでしょうか。





美意識というと
自然に対する畏敬の念や感謝といった
抽象的なイメージがありますが、

美とは
私達の生命力を繰り返し生み出し
さらに活かし育てる力

と言い換えられるのでは
ないでしょうか。


絵を描くこと自体が
私達自身の生命力を高めることに
私達は気づいているのかもしれません。

このことに気がついた人にとって
絵を描くことは
自然なことになるでしょう。





この自発性を内包した人だけが

わざわざ
絵を描くという手段で
美を表現することになります。


他に簡単な方法は
いくらでもあるはずなのに
、です。



私達は
絵を描くことに
情熱を持つ必要はなく、

すでに持っている情熱が
絵を描くことなのです。





最も自然な表現方法の一つとして
すでに私達は
絵を描くことを選んでいます。

絵を描きたくないのに
無理して絵を描こうとしている
のではないのです。


絵が描きたいと思っている自分に
後から気がつく、

とも言えます。





これは
絵を描く人の持っている
特有の順番ではないでしょうか。

このように考えると、

絵を描きたいと思うこと自体
すでにかなりの独創性が
育まれていることに気がつきます。






②美との出逢い・観察




絵を描きたいという想いは

言葉ではなかなかうまく
説明できない

そんなものではないでしょうか。


ですが、
その情熱を
絵という表現へと
昇華させてくれるものが

美との出逢いです。





私達は五感を通じて
美を感じることができますが、

残念ながら
そのほとんどは時と共に
流れていってしまいます。


私達の中には
これまで集積されたきた
美意識というものがあって

ある具体的な現象に出逢ったときに
それに無意識にフォーカスすることが
ありますね。





それは
ひとつの具体的な形としての美を
発見した瞬間

とも言えるのではないでしょうか。

まさに
天からの美への誘いです。


このような美との出逢い
そんな美を観察できる時間
というのは

そのまま
題材(モチーフ)との出逢いや
アイディアの源泉になります。





このときの題材の役割は
美を想起させること
ということになりますね。






③美の表現力・技術力




美を想起させる
モチーフと出逢い、

それを絵に描くことが
私達自身の生命力を活かし育み
 

さらには
大切な誰かの幸せに貢献できる
可能性を秘めているとなれば

なんとしても
それを絵にしたくなってきますね。





そのために
次に必要なのは
合理的な理論としての
表現力や技術力です。

美の表現方法はいくらでもありますが
何で表現するのが最も自然かは
人によって違うでしょう。


また、
同じ人でも
普段の生活の中で

様々な方法を駆使して
美を表現しているはずです。






絵を描く技術は
そんな多くの美の表現力の中の
一つの技術に過ぎないのであって、

それでも
精進を重ねることで
幅広い技術力と豊かな表現力によって
他者と美を共有し合うことが
できる可能性を秘めています。



互いの生命を尊重し合い

さらには
関わる全ての人の幸福を
心底祈ることが出来る

そんな
素晴らしい人生が

芸術の目的でもあると
わたしは感じます。





描けない時の突破口|美の源泉に触れる




ここまで挙げた3つの要素

  1. すでにある美意識
  2. 美との出逢い、美の観察
  3. 美の表現力・技術力

が揃って、

これらの条件が
絵が完成するまで持続したならば
きっと素晴らしい作品が
また一つ生まれることと思います。





絵を描きたいけど描けない
という時は
題材が見つからない
というだけではないかもしれません。

絵を始めたばかりの
初心者だった頃を振り返ってみても

この3つの要素は
大切だなと感じます。



あちらこちらと揺れ動きながら
自分のペースで
必要なものを必要なときに
必要なだけ補充するようにして

なんとか
崇高な美への探究の道を
歩んでいきたいものですね。





もし「描けない」という壁にぶつかったら、
それは技術が足りないのではなく、
自分を整えるための「静寂」が必要な
サインかもしれません。


ここからは
3つの条件をどのように
自分なりに整えていけるか

その突破口を
考えてみたいと思います。





①「祈り」としての美を知る(美意識の突破口)




3つの要素

  1. すでにある美意識
  2. 美との出逢い、美の観察
  3. 美の表現力・技術力

のうち、

絵を描く時には
題材としての「②美との出逢い」が
最初に無くては始まらない

と思ったりもしますが
そうでもないかな
と思うようになりました。





なぜなら
「②美との出逢い」が来る前に
「①自らの美意識」が影響しているからです。

少し遠回りのようですが
①の美意識について考える時間
というのも
意外と大切なことかもしれませんね。


①と②があるからこそ
「③美の表現」の探究も深まるように思われます。





早速【美】について
考えてみたいと思います。


芸術の目的は美です。

とはいえ
美とは一体何でしょうか。



これを言葉で説明することは
無理なことかもしれません。

なぜならば
人類が言葉を獲得する前から
人間は偉大な自然の力に
畏敬の念を持ち、

目の前に立ちはだかる
圧倒的な美に感謝し
涙していたからです。





最初は具体的な現象を通して

そしていつしか
言葉では表すことのできない
圧倒的な何かに対して

人間は『美』と名付けました。


「美」という漢字は
天に捧げる完全なる供物である
「羊」から成り立っています。

羊はもともと
日本にはいなかったようですが、

『日本書記』には推古天皇七年(599 年)に
ラクダやロバなどと一緒に二頭の羊が
百済(くだら)から輸入された
と記されているそうです。





中国では、羊は
『どうぞ私達に幸せをお与えください』
との祈りを込めて天に供えられていたと
言われています。

ニュージーランドやオーストラリアなど
羊が人間の生活を支えてくれる地域も多く、

成熟した羊の美しさが
「美」という文字に
なったと考えられています。
 

神に捧げるための
美しく完全なる生き物の象徴

羊だったのです。

[ 白川 静,『常用字解』, 平凡社 (2003) より]

 
 

人類が言葉を持つ前から抱いてきた、
自然への畏敬と感謝。

描けない時間は、
自分の中にある「言葉以前の美」を丁寧に耕し、
祈りを深めるための大切な準備期間かもしれません。





②「真・善・美」という循環(出逢いの突破口)




私達が絵を描くときに

「美」のかけらである
モチーフ(題材)と出会うことは
奇跡の一端かもしれません。

 

それは
美との偶然の出逢いだからです。

旅先で
何気なく撮った写真や
捨てられない雑誌の切り抜き、

いつも目が行ってしまう
色合いなど、

これまで自分が集めてきた
「美」には

自分自身の美意識が
反映されています。





直接的に
絵の題材にならなくとも

今一度
撮りためた写真を眺めて

自分は何に美を感じたのか
問うてみる時間も

根源的な芸術活動と言えそうです。





また、
真・善・美
という言葉がありますね。
 

これも調べてみると、

「認識上の真と、
倫理上の善と、
審美上の美。

人間の理想としての
普遍妥当な価値をいう」

とのことです。





これらは一体何のことを
意味しているのでしょうか。

真・善・美のうち「美」とは
芸術における理想とも
言えるのでしょう。
 

他者や社会との関わりという
人生の大前提を踏まえれば

何かを表現するという
芸術の奥底には

自分を含めた全てのものの
調和を願うもの

があったのではないでしょうか。





自分の人生が
より良いものになることを
願いながら生きると同時に

身近にいる大切な人の幸せや
この世界の調和を祈る心が

静かに広がっているように思います。
 

「美」とは
積極的でもなく
直接的でもないもので、

遠くから静かに
万物を照らし続けながらも

決して途絶えることのない
温かな陽だまりのように

穏やかに私達の命を支えてくれている
循環そのもののような気がします。





そんな
消極的にも見え
間接的にも見える自然の働きこそが

万物を生かし育む源泉であることに
気がついた偉人達はそれに習い

真善美という
人間にとっての理想的な状態を
後世に教え伝えたのではないかと
思うようになりました。
 

もしかしたら現代において
美との出逢いは奇跡に近く

それを美しいねと表現し

それに対して
そうだね、本当に美しいねと
共感しようとしてくれる
他者や社会との関わりさえあったら

本当は充分なのかもしれないと
ふと思ったりもします。





②美との出逢い
というのは

偶然によってもたらされるものです。
 

調子良く次から次へと
絵にしたくなるような
美しいものとの出逢いがある

という時もあれば
そうでない時もあります。

偶然とは
そういうものですよね。





というわけで
そんな出逢いが訪れるのを楽しみに

日常の中では
自分なりに有意義な時間を
過ごしたいものです。
 

そんなとき過ごし方として
次のようなものが思いつきます。

  • ゆったりと休息の時間を過ごす
  • 美意識を育くむ時間を過ごす
  • 技術力を上げる時間を過ごす




二つ目については
上の節で、

三つ目は
次の節で触れたいと思いますので、
 

ここでは
ひとつ目の

  • ゆったりと休息の時間を過ごす

について
書いてみようと思います。





■ 休息の時間の意義

疲れたら休む
あるいは
休息で疲れを取っておく
ということは

当たり前のようで
なかなか出来ない時も
多いのではないでしょうか。
 

絵を描くというのは
心や体の状態が深く関わります。

体力も気力も
結構使います。





人生というのは
予期せぬことの連続ですから

わたし自身
絵を描けない時も良しとする
柔軟で温かな眼差しを

自分自身へ向けられたらと
いつも思っています。


制作において
入力(観察)と出力(描写)のバランス
というものがあるような気がします。




描けない時期を
【感性の休耕の時間】と捉えて
積極的に制作から離れる。

このような休息が
次なる表現を熟成させるための
重要な【制作工程】の一部になります。



絵を描く理由や目的以前に

私達の中にある
言葉にできない美意識に触れる体感は

生命力がみなぎるような
全てにつながる根源的な力を
宿していると感じます。





時には
頭の中を空っぽにして

五感を通して感じられる「美」を
純粋に美しいと感じる

心の余裕や静かな時間が必要です。
 

描かない時間こそ
優雅な気持ちで過ごしていけたら

風通しの良い絵が描けそうですね。




美とは、
遠くから静かに万物を照らし続ける
「陽だまり」のようなものです。

旅先で撮った写真を見返し、
「なぜ自分はこれに心を動かされたのか」
と問い直す。


その休息の時間こそが、
実は最も純度の高い芸術活動になります。





手を動かす対話(技術力の突破口)




三つ目の条件
③美の表現力・技術力
というのは

今の自分の
総合的な画力
のことです。
 

この部分は
自然と成長を繰り返すものですから、

どうすれば
自分の描きたいような絵になるか

目の前の作品に向かって
工夫・研究・制作すること

一番強力な画力アップの方法
と言えると思います。





自分にとって
最も自然な表現方法・技法を使って

たとえば
今まで描いたことの無い
大きなサイズの絵に挑戦すれば

それだけでも
画力の幅は広がるはずです。
 

自分にとっての
理想的な題材が見つからないとき、

興味のあるものを見つけて
自主トレーニングをする

というのもおすすめです。





今の自分にできる精一杯の工夫をすることが、
最大の画力アップに繋がります。

  • 名画を模写する: 巨匠が込めた祈りを追体験する。
  • 過去の絵を見直す: かつての自分の純粋な美意識と再会する。
  • 身近なものをデッサンする: スケッチブックを広げっぱなしにし、生活の中に「観察」を置く。

ひとつづつ
解説してみたいと思います。





■ 名画を模写する

View of the Archbishop's Palace, Lambeth(1790)


View of the Archbishop’s Palace, Lambeth
Watercolor

Joseph Mallord William Turner (English, 1775-1851)
Courtesy of the Indianapolis Museum of Art at Newfields.




巨匠の名画から
気になる題材を選び
模写をすることで、

時代を超えて今に残る
人類普遍の「美」につながるエッセンス

を感じとることができたら

それはもう一つの
美との出逢い(=題材との出逢い)
と言えるのではないでしょうか。





名画の模写を通して
どのように人類普遍の
美の表現力や技術力を学ぶことが
できるでしょうか。

巨匠の名画を模写する場合でも
色づかいやデッサン、構図など
何を自分は学びたいか?
という目的を決めて
それに狙いを定めて模写することで

自分なりに研究ができる
のではないかと思います。





誰に見せるわけでもないもの
ですから、

ここだけ模写してみようとか
色の表現を学んでみようとか
この手の描き方だけ習得したいとか

自分の興味に絞っても
名画から学ぶことは多いはずです。

 

美しさを
どのように表現しているのか

どれほどの努力をして
絵のクオリティを上げているのか

そんな
ハイレベルな技術力に触れると

絵画の奥深さに改めて感動します。





巨匠の名画であれば
画集などで解説を読むこともでき、

様々な知識を得ることもできますね。


名画を模写することは、
巨匠の目を通して世界を見つめ直す作業です。

彼らが一筆に込めた祈りや、
色を重ねる際のため息までも追体験することで、
私達の技術は、単なる『やり方』から
『美を伝えるための言葉』へと変わっていきます。





■ 一度描いた絵を見直す



自分が過去に一度描いた絵の中から
題材をひとつ選んで

今の画力で
より良い作品に出来ないか

力試しをするのも
勉強になります。
 

思い通りの絵になるまで
繰り返し同じ絵を描く

というのは

画力を上げるために
多くの画家さんがされています。





また、
自分の過去の作品からは

今の自分だからこそ気がつく
自分の作品の良さや魅力

再発見することもあります。

自分の美意識をダイレクトに
感じることができる方法でもあります。
 

絵を描き始めた頃の
初期のシンプルな作品には

今の自分にはない色使いや
大胆さがあるかもしれません。





そんな
自分の中にあった美意識と
再会するというのも

新しい作品につながる
突破口となる場合があります。
 

以上のように
過去の自分の絵を見なおして

  • 今の画力でもう一度、同じモチーフで絵を描く
  • 色や構図などをアレンジして、もう一工夫して
    より良い新しい作品へと昇華させる

というアプローチもできますね。

どちらも違った勉強になり
挑戦する価値があるので
おすすめです。

今の私達は、
かつての自分に教えられることがたくさんあります。



技術が未熟だった頃のまっすぐな筆致。

それを見直すことは、
今の自分が失いかけていた
『初心という名の美意識』
を取り戻す旅になることもあります。


自分自身が過去に見出した「美」に出逢い、
今の自分の力で描き直すとき、
作品にはきっと時を超えた
新しい深みが宿ると思うのです。





■ 身近なものをデッサンする

クルミのデッサン。 by NORi

最後にご紹介するのは

身近なものを題材に
観察眼を養う方法です。
 

デッサン力というのは
画力を底上げしてくれる
やはり
大切なスキルの一つかと思います。

ですが、
気負う必要はありません。


おすすめなのは、 小さなスケッチブックを片付けずに
いつも見える場所に広げておくこと




一つの絵を
毎日少しずつ描き進めていく
スタイルならば

自然に続けられるのでは
ないでしょうか。
 

この場合、

いちいち
スケッチブックを片づけないで

いつも見えるところに
スケッチブックを広げておくと

生活の中で
たびたび目にすることになって

無理なく(ついつい?)
描き進めることができるのでおすすめです。





生活の中でふと目に留まるたびに、
ついつい筆を動かしてしまう。
そんな無理のない習慣が、
あなたの「見る力」を劇的に変えていきます。


描き溜めたスケッチブックを眺める時間は、
自分の中の美意識を再発見する、
何にも代えがたい密かな楽しみになるはずです。

気楽に絵を描くことができるようになると
スケッチブックを眺めるのが
きっと密かな楽しみになると思います!






まとめ|壁は「扉」に変わる

want-to-draw

  • 絵を描きたいと思うこと自体、絵を描くことに対する美意識がすでに育まれた優れた独創性の証です
  • 本当に描きたい絵を描けている時というのは、偶然性を含んでいます。描けない・描かない時間は、次の飛躍のための「休息」と捉えるのもひとつです。
  • これまで描いてきた作品をアレンジしたり、今までに描いたことのない大きなサイズに挑戦したり、巨匠の名画を模写して研究したりすることで、これまでの境界を超える新しい作品への扉が開けるかもしれません。


自分の美意識が溢れるような題材(モチーフ)を描いているとき、私たちはこの上ない幸福に包まれます。そんな「運命の出逢い」は、自分を緩めた長い休息の後にこそ、ふっとやってくるものかもしれませんね。

あなたの心が震えるような「感動」や「発見」、その一つひとつを大切に抱えながら、奥深い芸術の森へ、時にはスキップをしながら歩みを進めていかれることを心から応援しています。

わたしも同じように、透明水彩という深遠な「理(ことわり)」と日々向き合いながら、思索と問い、そして探求を続けています。

NORi

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